若年母支援研究班と研究プロジェクトについて
1.研究開始当初の背景
(1)日本の10代妊婦・母(以下、当事者)は、一般的な知識や社会性に乏しく、周囲の大人や医療者に気持を打ち明けにくい傾向がある。また、妊娠高血圧症候群や貧血等の妊娠に伴う異常および低出生体重児を生じやすい。10代で妊娠・出産した女性の離婚率は約80%と高率でシングルマザーとなりやすく、経済的基盤の脆弱性や子ども虐待のリスクも高いともいわれている。このようにハイリスクな当事者の特徴を、当事者側と支援者側から調査する必要がある。
(2) 日本の10代女性からの年間出産数は、約12,000件であり、当事者は国内に点在化している。そのため、医療機関などにおける母親学級や産後の退院指導ではマイノリティな存在であり、他年代の母親とは情報交換をしづらく、孤立しやすいといわれている。そのために、当事者に特化したWebサイトによる育児支援システムの開発が急務である。
(3) 児童福祉法が改正され、「支援を要する妊婦等に関する情報提供」の対象である特定妊婦として「若年の妊娠」を挙げている。また、子育て世代向けの包括支援センターは、全国規模で展開が進められている。このような状況下、10代妊婦・母に関わる看護師・保健師・助産師の医療者や養護教諭等(以下、支援者)は、当事者の気持ちを把握しづらく、ネガティブに捉える傾向が見受けられた。本研究によって、支援者たちが当事者の心理社会的な状況を理解し、捉え方の乖離を補完するような学習機会として支援者養成講座を構築することが必要と考えた。
2.研究の目的
本研究は、当事者(Webサイト支援)と支援者(養成講座)の両側面から、10代で妊娠した女性の周産期を中心とした育児支援をシステムとして構築することを目的とした。本研究により、10代妊婦・母が妊娠期から出産・育児に前向きに取り組めるように支援し、母子の健やかな成長を期待する意義がある。
4年間の研究は、3つの小目的で実施する。
(1) 10代で妊娠・出産した女性の特徴を当事者と支援者から面接調査して明らかにする。
(2) (1)の結果に基づき、HPを開設し、10代妊婦・母向けのメールマガジンを制作して発信する「当事者用Webサイト支援システム」を開発する。
(3) (1)の結果に基づき、「支援者養成講座」プログラムや教材を開発し、講座を開催する。
3.研究の方法
(1) 10代で妊娠・出産した女性の特徴・支援課題について当事者と支援者の面接調査
① 当事者の面接調査:10代で妊娠を経験して出産した女性(第1子妊娠時に10代であり末子が1~2歳程度までの育児中の者)に半構造化面接調査を実施した。逐語録から10代母の特徴等が表れている記述を抽出しコード化し、サブカテゴリー、カテゴリーと抽象度を高めて帰納的に分析した。本研究は東京女子医科大学倫理委員会の承認を得て行った。
② 支援者の面接調査:10代で妊娠・出産した女性と関わった経験のある助産師とソーシャルワーカー、保健師に1時間程の半構成的面接を行った。逐語録から10代母の特徴等が表れている記述を抽出しコード化し、サブカテゴリー、カテゴリーと抽象度を高めて帰納的に分析した。本研究は東京女子医科大学倫理委員会の承認を得て行った。
(2) 当事者用Webサイト支援システム開発
① HP「ティーンズママルーム~つながーる~」と「ティーンズママメール」マガジンの制作:面接調査で得た10代妊婦の特徴をふまえ、妊娠10か月分にあたる記事を作成し、HPにはそのコンテンツなどの情報を掲載した。メールマガジンの発信は、非営利法人きずなメールと契約して行った。
② HPのアクセス解析:Google Analytics でのアクセス解析を行い、毎月レポート内容(ユーザーサマリー、閲覧ページ上位10、使用された検索キーワードなど)を委託業者(Studio TAGAN 担当田中エミ)より受けた。
③ メールマガジンのサイトモニター調査:
サイトモニター(院生、10代出産の経験者)に研究趣旨などを説明し、同意を得た者にメール受信時の気持ちの変化、困り、情報の役立ち、改善点などを面接した。東京女子医科大学倫理委員会の承認を得て行った。
(3)支援者養成講座の開発
① これまでの調査に基づき、支援者養成講座のプログラムや教材を作成した。
② 保健師、助産師、看護師、養護教諭などの10代母の支援者の参加を募集し、養成講座を開催した。講座終了後に、講座内容の役立ちなどを質問調査した。東京女子医科大学倫理委員会の承認を得て行った。
4.研究成果
(1) 10代で妊娠・出産した女性の特徴・支援・課題について当事者と支援者の面接調査
① 当事者の面接調査:「若ママ」と称される10代妊娠時に高校生または就業中で出産後に主婦になった対象者と、「学生ママ」と称される10代妊娠時に大学生で出産後も学生を継続した対象者の2グループに分け、傾向に差がみられることがわかった。学生ママの方が、将来を見据えた展望があるため学業継続意思も強く、家族の支援も得られていることがわかった。今後は、未受診妊婦を含む、よりハイリスクな対象にも面接調査を行う必要がある。
② 支援者の面接調査:助産師とソーシャルワーカーの面接からは、10代母の特徴は、未受診ゆえの救急搬送といった【知識不足や安易な決断がもたらす周産期のリスク】や、しっかりした妊婦もいる多様性などの【妊娠の受容や支援の差異による複雑な心理】、偏った食生活などの【自分本位の逸脱した日常生活】、自分中心の育児といった【愛着の芽生えと親になりきれない現実】、モデリングにならない親などの【複雑な背景の親子関係】、DVの【問題あるパートナーとの危うい関係】、【10代母の多い地域】が見出された。10代母の特徴をふまえ、本人のみならず取り巻く人々に対しても支援の必要性が示唆された。
保健師の面接調査からは、10代母の立場となって当事者を受け入れ、肯定的な言動で経過を見守るといった【支援者に必要な姿勢】、妊娠届提出の時点、出産後からの継続支援開始といった【10代母の把握と支援の開始時期】、保健師による【10代母とのコンタクト方法】、部署内や多機関・多職種といった【専門職との協働・連携】が重要とされた。また、妊娠から出産、産後にかけて必要な【具体的な支援内容】、10代の女の子としての関わり、妊娠中からの関係性づくり、具体的な子育て方法の教授などの【保健師が認識する10代母に必要な支援】、【就学・就業支援の現状と課題】が明らかとなった。保健師は、10代母を支援するにあたって、就学との両立に課題があると認識していた。今後は、妊娠中から出産後の子育てと学業の両立における困難さを当事者に伝えることも重要である。
(2) 当事者用Webサイト支援システム開発
① HP「ティーンズママルーム~つながーる~」とメールマガジン「ティーンズママメール」の制作:日本で初めての10代妊婦・母向けのWebサイト支援システムを開発した。HP画面は、若い当事者が親しみやすいソフトな色彩およびイメージフォトを使用することにした。また、コンテンツとしては、日常生活、食生活、体のこと、気持ち、出産準備、赤ちゃんのこと、トラブル、経験者体験談、その他の9つのカテゴリーを作成した。特に、10代妊婦は同年齢の相談相手も少ないために、体験談も掲載することにした。
メールマガジン「ティーンズママメール」
を配信できるように、当HP上のきずなメール登録画面に入力すると10代妊婦に毎日その時期に応じた妊婦・胎児の様子を届けるシステムを整えた。週数ごとのコンテンツに沿ったメールマガジン約300件の記事を制作した。当事者に親しみやすい言葉や絵文字を入れる工夫をした。週数に応じた妊娠中の生活のアドバイスも具体的に入れて配信した。
② HPのアクセス解析:月間ページレビューは約200件~1600件と幅があり、閲覧ページは支援者養成講座に関するものが多いことから、講座参加者の閲覧が大半であると推測された。ユーザーの滞在時間が短く、他ページへアクセスしていない状況であった。今後は、HPの主な内容をメールマガジンのバックナンバー以外に増やすこと、画像を増やして他ページへ誘導をすること、HPの魅力を強化することが課題である。
③ メールマガジンのサイトモニター調査:
受信時の気持ちは、「毎日なので励まされる」「若く妊娠した時はうしろめたい気持ちだったが、このメールがあると前向きになれる」などであった。受信時の困りは、「登録がわかりづらい」「見づらい」などであった。情報の役立ちは、「自分の身体の変化を知る」「赤ちゃんの成長を知る」「10代妊娠・出産者の体験談に共感」「社会資源は役立った」などであった。 今後は、体験談や絵文字を増やすなどユーザーニーズに即し改善をしたい。
本Webサイト支援システムについて、A4判チラシ2種や名刺型チラシで学会や一部の医療機関に周知した。さらに、当事者に情報が届くよう工夫した広報を展開したい。今後は、本支援システムを発展させ、子ども虐待防止などの情報を組み入れ、10代妊婦・母の自立を促すシステムづくりが必要と考える。
(3)支援者養成講座の開発
① 助産師・ソーシャルワーカー調査:食生活の改善や正常逸脱を予防する【妊娠期からの生活に対する支援】や、時間をかけて本人を尊重した【親役割の自覚を促す支援】があげられた。また、【助産師・SW支援の理想と現実のジレンマ】がありながら、多様な対象へ【妊娠期から育児期にかけて他職種と連携した支援】を認識し、【地域連携の手応えと課題】を抱えている現状もわかった。【10代母の支援者に必要な能力】は10代母の心理社会的特徴をふまえたものであり、その能力を育成と共に、自己効力感を向上させるような【医療スタッフ育成】が求められていた。
② 保健師調査:10代母支援の前提には【支援者に必要な姿勢】があり、10代母を受け入れる、10代母の立場になる、10代母への肯定的な発言と態度、10代母の経過を見守りながら支援を行っていることが分かった。
③ 講座のプログラム・教材作成:プログラムでは、a.これまでの研究成果から見えてきた10代母の特徴と課題、b.10代母が支援者に望んでいること、c.10代母の支援のポイントについて、講義とロールプレイを取り入れて説明をおこなった。次に、講義の内容を踏まえて、d.10代母を理解するためのグループワーク、e.10代母とのコミュニケーションツールのグループワークを行い、全体で約2時間半の講座とした。当事者心理や支援者の留意を記した小冊子2部を教材として作成した。
④ 講座の評価:1都3県で、合計4回開催した。参加者は、合計151名であった。参加者に対して質問紙調査を行った結果、134名(88.7%)から回答があった。若年の母親たちの特徴と支援のポイントについては、「よく理解できた」と「ほぼ理解できた」を合計して約97%であり、概ね理解されたといえる。自由記載では、「グループワークが良かった」「自分の接し方を振り返る機会になった」などの感想が得られた。
今後も全国各地で開催し、支援者が実際に活用している効果を探究する必要がある。
5.主な発表論文等
〔雑誌論文〕(計 5件)
① 小川久貴子、若年母への支援「若年妊婦への支援」、思春期学、査読無、Vol.35 、No.1 、2017、pp.42 -45 .
② 安達久美子、若年母への支援「米国における若年母への支援」、思春期学、査読無、Vol.35 、No.1 、2017、pp.50 -53 .
③ 白井千晶、「若年母」の妊娠・出産・育児経験と社会のまなざし-当事者の語りより- 、査読有、人文論集、Vol.66 、No. 2 、2016、pp.11-34 .
④ 白井千晶、生むこと、生まれること~家族と社会を問い直す 、『<生きる>を考える』静岡大学公開講座ブックレット9 、査読有、2016、pp.107-128.
⑤ 宮本亜由美、小川久貴子、宮内清子、国内文献からとらえられる10代で出産した母親の育児の現状と今後の課題、東京女子医科大学看護学会誌、査読有、Vol. 10 、No. 1、2015、pp.19 -25.
〔学会発表〕(計 13件)
① 安達久美子、10代で出産した女性への支援者養成講座を開催して、第31回日本助産学会学術集会、2017/3/19、あわぎんホール(徳島県徳島市).
② 小川久貴子、若年母への支援、日本家族計画協会主催思春期ミニ講座、2017/2/18、全水道会館(東京都文京区).
③ 小川久貴子、思春期に伝えておきたい健康課題‐若年妊娠をふまえて‐、日本家族計画協会主催関東甲信越地区母子保健事業研修会、2016/11/11、茨城県水戸生涯学習センター(茨城県水戸市)
④ 竹内道子、10代で妊娠した女性を支援するWebサイトの立ち上げ、第57回日本母性衛生学会学術集会、2016/10/15、品川プリンスホテル(東京都品川区).
⑤ 小川久貴子、10代で妊娠した女性を支援するHPから発信する情報メールの現状と課題、第57回日本母性衛生学会学術集会、2016/10/15、品川プリンスホテル(東京都品川区).
⑥ 小川久貴子、シンポジウム「こどもを生むことを選択できる社会を目指して」若年母への支援、第57回日本母性衛生学会学術集会、2016/10/15、品川プリンスホテル(東京都品川区).
⑦ 安達久美子、若年母を支援するうえで支援者が感じる難しさ、第35回日本思春期学会学術集会、2016/8/27、浅草ビューホテル(東京都台東区).
⑧ 小川久貴子、シンポジウム「若年母への支援」若年妊婦への支援、第35回日本思春期学会学術集会、2016/8/27、浅草ビューホテル(東京都台東区).
⑨ 安達久美子、シンポジウム「若年母への支援」米国における若年母への支援、第35回日本思春期学会学術集会、2016/8/27、浅草ビューホテル(東京都台東区).
⑩ 金澤貴子、助産師・ソーシャルワーカーからみた10代母の特徴、第29回日本助産学会学術集会、2016/3/19、京都大学百周年時計台記念館(京都府京都市).
⑪ Takako KANAZAWA, Types of Support Needs and Issues Identified for Teenage Mothers through Interviews of Nurse Midwives and Social Workers, The ICM Asia Pacific Regional Conference , 2015/7/22、PACIFICO YOKOHAMA (KANAGAWA YOKOHAMA).
⑫ Chiaki SHIRAI, Pregnancy and ChildCare in Teen Years Old Mothers: Toldthrough the Life Stories of the Women Themselves, The ICM Asia Pacific Regional Conference, 2015/7/22,PACIFICO YOKOHAMA(KANAGAWA YOKOHAMA).
⑬ Sayaka SUZUKI,The State of Support for Teenage Mothers by Public Health Nurses, The ICM Asia Pacific Regional Conference , 2015/7/22, PACIFICO YOKOHAMA(KANAGAWA YOKOHAMA).
〔その他〕
(1) HP:ティンズママ ルーム~つながーる~
http://tunagaru@teens-mama.com
(2) 商標登録:ティーンズママルーム
権利者:小川久貴子、公立大学法人首都大学東京
番号:2015-126556
区分:41(保育に関するセミナー・講演会の企画等)、43(インターネットを利用した保育に関する情報等)
取得年月日:2015年12月22日
(3) 支援者養成講座:1都3県で開催。
① 2015年10月28日首都大学東京秋葉原サテライト(東京都)
② 2015年12月19日亀田医療大学(千葉県)
③ 2016年11月5日沖縄県助産師会(沖縄県)
④ 2016年12月3日静岡県男女共同参画センターあざれあ(静岡県)
(4) 教材用の小冊子:
①「はじめよう!ティーンズママ・ライフ」
②「10代女性の周産期における育児支援に向けて」
6.研究組織
(1)研究代表者
小川 久貴子(OGAWA Kukiko)
東京女子医科大学・看護学部・教授 研究者番号:70307651
(2)研究分担者
安達 久美子(ADACHI Kumiko)
首都大学東京・健康福祉学部・教授 研究者番号:30336846
白井 千晶(SHIRAI Chiaki)
静岡大学・人文社会科学部・教授 研究者番号:50339652
(3)連携研究者
土江田 奈留美(DOEDA Narumi)
東京女子医科大学・看護学部・准教授 研究者番号:60334108
竹内 道子 (TAKEUCHI Michiko)
東京女子医科大学・看護学部・講師 研究者番号:00269432
抜田 博子(NUKITA Hiroko)
東京女子医科大学・看護学部・講師 研究者番号:60459625
田幡 純子(TABATA Junko)
東京女子医科大学・看護学部・助教 研究者番号:40710041
鈴木 小弥香(SUZUKI Sayaka)
東京女子医科大学・看護学部・助教 研究者番号:60613289
潮田 千寿子(USHIODA Chizuko)
東京女子医科大学・看護学部・助教 研究者番号:50423819
金澤 貴子(KANAZAWA Takako)
亀田総合病院・助産師 研究者番号:20710255
(4)研究協力者
内田 朋子(UCHIDA Tomoko)
東京女子医科大学病院・助産師
田中 エミ(Emi TANAKA)
Studio TAGAN
大島 由起雄(Yukio Oshima)
特定非営利活動法人きずなメール・プロジェクト